SUNDREDで過ごした忘れることができない7ヶ月
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SUNDREDで過ごした忘れることができない7ヶ月

皆様、こんにちは。SUNDREDの岡村怜奈です。

前回(社会人9年目、初めての挑戦)では、私がなぜレンタル移籍したのか、なぜSUNDREDを選んだのかについてお話しましたが、今回はSUNDREDで過ごした7ヶ月についてリアルにお話したいと思います。この7ヶ月間はわたしにとって自分を見つめ直すいい機会であったのですが、同時に、自分の型をなかなか破ることができず大変でした。それでは、さっそく、SUNDREDでの忘れられない7ヶ月についてお話したいと思います!

SUNDREDに来た私、大企業との違いに混乱する

私は2020年9月1日に期待を胸にSUNDREDに来ました。
新しい環境とはいえ、社会人9年目にもなったし、そこまで挫折することはなく、なんとかなるんじゃないかなという楽観的な考えを持って。この考えがとんでもなく甘かったことに数日のうちに気づきました!

まずは、SUNDREDについて知るために色々な会議に出て話を聞いていたのですが、そもそも、会議で皆が発している単語が全く分からない!一般的なマーケティング用語であろうSEO(サーチ・エンジン・オプティマイゼーション)、LP(ランディングページ)に始まり、ベンチャー界隈で有名な組織・人の名前、会社法について。

単語が分からないので調べているうちに、また次の知らない単語が出てきてと・・・毎回、会議の後は知らない単語を調べるためにChromeのタブがたくさん開いている状態でした(笑)

そして、さらに大企業みたいに、部門・部署があって、決められた細かい分担があるわけではないので、これは!と思ったら自主的に行動してやらないといけないし、これは自分の範囲ではないとか言ってる場合でもない。

大企業という、ちゃんとしたプロセスや役割分担がある会社で9年間も生きてきた私は、正反対のベンチャー企業ではどう戦えばいいのか分からなくて、SUNDREDに来る前の甘い考えを持っていた自分を何回も反省しました。

そして、SUNDRED主催のイベント・ワークショップの運営などをしているうちに、あっという間にSUNDREDに来て、1.5ヶ月が過ぎていました。

大企業OSから抜け出せない。

10月中旬のある日、SUNDRED内のチームミーティングで岡村さんはマーケティング・イベントを担当してくださいという話がありました。上にも書いた通り、LP・SEOという単語も知らなかった私がマーケティング・イベント担当なんてできるのであろうかという不安があった一方で、また、私の不思議なポジティブマインドが出てきてしまい「まあ、なんとなるっしょ」と思ってしまいました。そして、これも、とんでもなく甘い考えだったと後で思い知るのです。

今まで大企業で働いてきて上から与えられた仕事をこなしてきた私は戦略を考えたことがなかったのです。そんなもんだから、戦略なしに、何となくこういうことやればいいのかなーとタスクをリストアップして、目的を考えないタスクをこなし始めてしまいました。その結果、本当に必要でないタスクをやらなければと信じ込み、それを留目さんに渡してしまいました。

その時、留目さんに「その作業に発生するコスト・リソースのリターンをしっかり考えてください」といわれてグサッと来ました。大企業ではないので、投資したコスト・リソースは収益に直結するので、考えて行動しなければいけなかったのに、何も考えずに行動していたことが見透かされてしまったのです。

SUNDREDに来たからにはベンチャー企業としてのOS(働き方)をインストールしなければならなかったのに、この後も、なかなか、大企業OSから抜け出せなくなるのです。

オープンなコミュニケーションの大事さを知る。

SUNDREDに来た時から留目さんにはオープンなコミュニケーションをしてね、と言われていたのですが、大企業での根回し精神が働いてしまってクローズドコミュニケーションから抜け出せなかったのですが、とうとう、それが限界を迎えることが起きました。

SUNDREDは年2回、春・秋に「Industry-Up Day」という大型カンファレンスを開催しており、SUNDREDの目指しているものや新産業について発信をしています。11月に入り、次回の「Industry-Up Day」について考え始めることになったので、まずは、企画書の作成から始めました。

自社にいた時、課長にOKもらって、その後に、部長にOKをもらってという進め方をしていたので、同じように進めようとしたのですが、全くうまくいかないのです。

同じくイベント担当をしていた方に相談してフィードバックをもらったら修正して、その内容で留目さんのところに行って、また、フィードバックもらって…と、クローズドコミュニケーションをしているので、二人からもらったフィードバックを自分で抱え込んで全然進ないまま、あっという間にイベント告知を始められないまま12月休み前になってしまったのです。

ということで、全く「まあ、なんとかなるっしょ」じゃなくなってしまったのです。

SUNDREDの皆様の協力を得て、何とか年始にイベント告知を始めることができたのですが、このままクローズドコミュニケーションをしていたら同じことが繰り返される!と危機感を抱き、やっと勇気を出してオープンにSlackでコミュニケーションをとり始めるようにしました。

そうすると、全てがスムーズに進むようになったわけではないですが、Slackでコミュニケーションをとることで、一度に色々な人と議論することができ、Slack上で何となく方向性を決められて、一人で抱え込むことが減ってきました。

久しぶりに悔しくて泣く

オープンなコミュニケーションをとることでうまくいきました!で終わることができれば最高だったのですが、残念ながら、また、失敗してしまったのです。

イベントの中で社外の方とコミュニケーションをとることが多かったのですが、実は、対等な関係で社外の方とコミュニケーションをとることはほぼ初めてで、コミュニケーションの取り方を失敗してしまったのです。情報システム部門で働いていた時は社外の方と働くとしても、運用や開発をお願いするベンダーと関わることが多く、こちら側が顧客という立場でした。

今回SUNDREDでは、対等な立場、むしろ、社外なので、丁寧にコミュニケーションをとらなければいけない存在であるはずなのに、私が漏らしていた作業の締め切りをどうにか死守するために、社外の方に無理なお願いをしてしまったのです。

今まで社内・社外の方ともにコミュニケーションを雑に関わってきたつもりはなかったのですが、いざ、社外に出てみると、自分で思っているよりも社外・社内の人に甘えた、雑なコミュニケーションをとってしまっていたということに改めて気づかされました。

そのことで、雑なコミュニケーションをとった相手の方には「仕事の仕方が雑すぎませんか」、社内では「岡村さんは相手に負荷を与えるためだけの仕事をしている」と言われてしまいました。

自社では、周りの人に甘えてうまくコミュニケーションをとれていたつもりになっていたことが指摘されてしまい、とても刺さる言葉で悔しくて悔しくて、久しぶりに悔しさのあまり、返事を書きながら涙が溢れて止まらなくなってしまいました。

そんなことがあり、改めて留目さんを見ていると、留目さんの周りに人が集まるのは、留目さん自身が人とのつながりを大事にしているからなんだなということに気づきました。

登壇者に登壇依頼をするときも、忙しくて効率を重視していいのに、コピペで連絡をとるのではなく、一人一人に丁寧にコミュニケーションをとっているのを見て、自分のコミュニケーションの取り方を反省しました。

今回は、SUNDREDの7か月での経験についてお話ししましたが、最終回である次回は、今回の経験で学んだことを踏まえて、今後の人生、どう生きたいかについてお話ししたいと思います。

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カメラマン:宮本七生


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